公開日 2025年07月14日
科目「瀬戸内文化論」のゲストスピーカーによる貴重なお話とディスカッションを通して、尾道の歴史や文化継承に向けての多様な取り組みについて学びました。(2025年7月4日)
ゲストスピーカー:尾道浄土寺 小林 暢玄 副住職
授業担当教員:日本文学科教授 藤井 佐美
【学生の授業感想より】
今回の講義では、尾道市にある浄土寺の副住職さんからお話を聞いた。浄土寺と言われた時には、昨年「源氏物語図扇面貼交屏風」の特別公開が行われたことを思い出した。尾道にはお寺が多く、山手側には今もたくさんのお寺がある。しかし、お寺という存在は今まで生きていて自分自身とは遠い存在であった。なぜ自分と「お寺」の存在が遠いのか考えた時に、育ってきた環境があると考えられる。私自身地元では、お寺もあるが神社の数がかなり多い。また、初詣と言われればお寺より神社に行く。それだけ神社の方が身近に存在していた。お寺も知っているだけで訪れたことはなく、また尾道のように狭い地域にお寺が密集しているわけでもないので、遠い存在になっていたのかもしれない。しかし、今回お話を聞いていて、自分の中にも「信じる気持ち」があるのだなと改めて実感できた。何かうまく行ってほしい時には必ず「神様仏様お願いします」のように、自分ではどうしようもできない運命の結果を委ねたくなってしまうし、何も信じていないというのはないのではないだろうかと考える。今回話を聞いていて、遠い存在だと思っていたお寺という存在が一気に近くなるように感じた。仏様を信じていないかもしれないと自分の中で長い間そういった気持ちがあったからある。しかし、そういった気持ちの差といったものは関係なく、人間の心の奥底のほうには今まで先人が繋いできた「信じる思い」というのがあると考える。神仏習合などといった日本独自の信仰がこういった「思い」を育んだのかもしれない。それは講義でも話されたように、確かな記録がないにも関わらず、人の目には見えない「想い」という形で伝えられてきたものが、今の信仰に結び付いていると感じる。講義前には「遠い存在」であったお寺という存在が、今では「訪れたくなる存在」に変化している。
撮影協力 地域総合センター