川口俊宏【研究紹介】
Research Activities of Toshihiro Kawaguchi
研究紹介
Last modified: January, 2021
ブラックホールはとてもまれで、何でも吸い込むだけの役立たず --- これが一般的な印象かもしれません。しかし、様々な研究から、ほぼ全ての銀河は怪物(モンスター)を宿している事がわかってきました。銀河の中心に鎮座し、太陽質量の約10万倍から何十億倍もの質量を持つ巨大ブラックホールです。巨大ブラックホールは、ついに直接撮像され2019年に話題を呼んだように、それ自身が興味深い天体であるだけでなく、銀河の成長・進化をコントロールするなど宇宙の歴史に大きな役割を果たしてきたこともわかってきました。また、ブラックホール周辺では、超高エネルギー現象や超強重力場 など、たとえ巨額の資金を投入したとしても地球中では再現が難しい現象が頻繁に起こり、我々人類の物理学の知見を試す"天然の実験室"でもあります。
これら巨大ブラックホールに大量のガスが落ちると、太陽系程度の大きさの領域から銀河全体を上回るエネルギーを約1億年ぐらいにわたって放射します。幸か不幸か、我々が住む天の川銀河中心のブラックホールにはガスがほとんど落ちていないのでこれほど強力には光っていません。
銀河に比べて極めて小さい領域から莫大なエネルギーを出している。しかも、太陽の10倍前後の質量を持つブラックホール("恒星質量ブラックホール") と対照的に、どうやってできたのかすらまだ理解できていない。このわくわくする天体についてこれまで行ってきた研究を、以下にいくつか紹介します。
[1] 成長中の巨大ブラックホールの発見
(1) 巨大ブラックホールの急成長
各銀河の中心にもれなく存在しありふれた存在であるものの、巨大ブラックホールがどうやって作られたのか、成長過程や種などは、明らかになっていませんでした。そこで、種となる比較的軽めのブラックホールへ周辺のガスが大量に落ち込むことで質量が急増加する過程に着目しました。
ブラックホールへ向けてガスが落ちる(降着する)際、角運動量(遠心力)によりガスは円盤状に形成され、降着円盤や降着流と呼ばれます。この流れ落ちていくガスの量(降着率)が極端に大きい時(超臨界状態)にのみ顕著になる物理過程[電子(コンプトン)散乱・相対論的効果・ガス自己重力]が在ることを発見し、それらを取り入れた広波長域放射スペクトルを計算しました(Kawaguchi 2003)。この理論研究は、その後、詳細な観測データとの比較を通し、大降着率を持つ銀河中心部の可視光-X線放射の再現に成功しました(Kawaguchi et al. 2004a; 下図)。
さらに、スペクトルフィットから得られたガス降着率と、 同種天体の数密度を基に推定した大降着率持続期間の長さから、その期間中のブラックホール質量増加は数桁以上であると 世界で初めて質量増加量を定量的に導きました(Kawaguchi et al. 2004b)。
(2) 中間質量ブラックホールの探査
このスペクトルモデルには、亜臨界から超臨界降着率まで幅広く計算されているという他の理論研究には無い特徴もあり、2006年以降、NASAのホーム ページで世界中の人が利用できる様に公開されています 。 この利点を生かし、質量がわからず、ガス降着が亜臨界か超臨界か 不明な天体の放射スペクトルへ適用し、中間質量ブラックホールを 探査する一連の研究にも使用されてきました。 様々な候補天体に適用した結果、ついに、 極高光度X線源(Hyper-Luminous X-ray source)と呼ばれる 天体が約2万太陽質量のブラックホールを持つことを 突き止めました(Godet, Pazolles, Kawaguchi et al. 2012)。 この天体は、恒星程度の質量を持つブラックホール と巨大ブラックホールの間をつなぐ存在(ミッシングリンク)、すなわち 巨大ブラックホールの種の候補天体として注目を集めています。
[2] 時間変動の数理解析から探るブラックホールへのガスの流れ
銀河中心にある巨大ブラックホール周辺の明るさの時間変動はその起源に謎が多く残り、2つの対立するモデル、ガス降着流内のエネルギー解放説と超新星爆発によるスターバースト説、が存在しました。そこで、光度変動をセルオートマトンモデルを用いて計算し(下図に模式図)、自己相関関数(Structure Function)を用いて解析した結果、前者が観測を良く説明することを初めて明らかにしました(Kawaguchi et al. 1998)。 さらに、ブラックホール降着流の3次元磁気数値実験結果のフラクタル解析から、確かに磁場によるエネルギー蓄積とその間欠的解放が、光度変動を引き起こす事を発見しました(Kawaguchi et al. 2000)。
[3] 巨大ブラックホールへのガス供給体の構造解明
巨大ブラックホールの成長(質量増加・巨大化)は、ブラックホールへ向けてガスを供給する構造体(ダストトーラス)がガスの「ため池」と しての機能を果たしコントロールされています(下図)。しかし、トーラスの内側の半径(内縁半径)は、明るさのモニター観測などにより理論予想値の約1/3しかないことがわかり、長く謎でした。トーラス内縁の位置や構造を決める降着円盤の放射強度は、回転軸方向(観測者の居る方向)へは強い放射を放つものの、円盤面に近いトーラス方向へは急速に弱くなる円盤放射の 非等方性を持ちます。しかし、板状の放射体が持つこの避けられない特性は、それまでのトーラスの研究では過小評価され無視されていました。
この効果を初めて取り入れて構造と光度変動を計算し、トーラス内縁がたしかに従来予想より中心へ近く、すり鉢型の形状を持つことを明らかにしました(Kawaguchi & Mori 2010; 2011)。観測データを説明する初めての理論モデルとなり、降着円盤へのガス供給を司るトーラス内縁の理解へ向けて 先鞭をつけました。
[4] 銀河衝突とブラックホールの成長・進化
各銀河の中心に存在するブラックホールの質量は、銀河の中心部の丸いふくらみ(バルジ、又は楕円銀河本体)の質量に比例しています。しかしこの数桁にわたる謎の比例関係は、ブラックホールと銀河がお互い影響を与えながら成長してきた(共進化)ことをうかがわせるものの、その起源は未だ解明されていません。銀河が衝突・合体する際に星形成が誘発(銀河の成長)され、それぞれの中心ブラックホールどうしも重力波を放出し合体する(ブラックホールの成長)ことが共進化の原因かもしれません。
天の川の隣に居てずば抜けて近いために過去の銀河衝突の履歴が 詳細に明らかになっているアンドロメダ銀河では、衝突して破壊されつつある衛星銀河の中心に居たブラックホールが今周辺を漂っていると考えられます。この漂う巨大ブラックホールの予想位置や周辺のガスの濃さ(密度)を基に、広波長域放射強度を理論計算しました(Kawaguchi et al. 2014; 下図)。その結果、電波波長域であれば検出できることが明らかになりました。
一方、銀河衝突は巨大ブラックホールの成長(質量増加)だけに寄与するわけではないこともわかりました。 落ちていく衛星銀河が銀河の中心部から離れて通過する際、銀河内の星間ガスの一部を中心へ落として、ブラックホールの活動を点火(=ガスを吸い込んで質量 増加)します。活動の消火機構については、定説がこれまで無く未解明のままでした。しかし、銀河の中心部を衛星銀河が突き抜けていく場合は、逆に、ブラックホールへのガス供給体であるトーラスを破壊し、ブラックホールの活動性を止め、以降の質量増加を阻むことを明らかにしました(Miki, Mori & Kawaguchi 2021, Nature Astronomy; プレスリリース)。 点火にのみ寄与すると思われていた銀河衝突が、逆に消火にも働く事がわかったことで、ブラックホールの活動の歴史・ブラックホール成長史の理解(例えば、なぜ宇宙にこんなに大質量のブラックホールがゴロゴロいるのか)に 必要な最後のピースが埋まりました。突然なぜか活動性を止めたブラックホールも、銀河衝突の痕跡と共に最近見つかってきており、この謎の天体群は衝突による消火機構の実例・現場かもしれません。